図書出版

花乱社

 書評『軍都久留米:近代都市への転換と地域の人々』

「西日本新聞」郷土の本 2024.5.11

 福岡県南部に位置する久留米市は、江戸時代は有馬氏が統治する久留米藩の中心地としてにぎわい、西南戦争では政府軍の後方拠点として重要な役割を担った。本書は日清・日露戦争後の軍備増強により1907年に編成された第18師団駐屯地として栄えた「軍都」の歴史を、官民一体の誘致活動、急速に進められたインフラ整備の影響、軍用地拡大による地元負担の増大など多角的な切口で検証する。上海事変での戦死後「軍国美談」にされた久留米工兵大隊「爆弾三勇士」の“聖地”として観光地化されたいきさつも興味深い。著者は1953年同市生まれ。市の文化財保護課で歴史資料の調査研究を務めた目で、郷土をよぎった近代の光と影を見つめ直す。


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●『月刊日本』第28号第7号 通巻327号、2024年
「編集部が薦める一冊」客員編集委員 浦辺登氏

 軍都久留米というタイトルから、多くの方は昭和7年(1932)の上海事変での「爆弾三勇士」を想起されるのではないだろうか。江下、北川、作江の三勇士は久留米工兵第18大隊に所属する兵士だったが、「軍神」として称えられ、日本全国が熱狂した。このことで、一躍、久留米は聖地となり「名所」となった。

 しかし、本書は軍国美談を集約したものではない。陸軍の師団を久留米に誘致することで地域経済を発展させようとの目論見、誘致後の都市の変貌を『久留米市史』を基に、古老の証言も引用しながら変遷をまとめたものだ。久留米という都市は福岡県南部にあり、九州一の大河筑後川を擁している。古くは南北朝時代の合戦場跡もあり、交通の要衝、軍事上の拠点でもある。その重要な地点に陸軍が師団を設けるのは当然であり、それは現代に至るも陸上自衛隊幹部候補生学校が置かれていることでも証明される。

 全10章で構成される本書には、軍都として久留米が発展するにあたり、土地の取得、兵舎、病院、墓地の建設、食料の購入、電信電話、交通機関、付随する市町村の商店の対応が逐一述べられ、中には将兵の為の慰安所、いわゆる遊郭までもが記される。軍隊という近代化の象徴である組織が、農村地帯に与えた影響、その過程は都市の発展史として把握しておくべきだ。過疎化する地方都市は盛んに企業や工場などを誘致するが、正負を俯瞰するにも有益だからだ。

 久留米は第18師団という組織を受け入れたが、その影響は地下足袋、タイヤなど、ブリヂストンに代表されるゴム産業を生み出した。これは第一次世界大戦でのドイツ兵捕虜収容所が久留米に設けられたという背景がある。

 更に、大正14年(1925)の軍縮による師団廃止を自治体が回避させようとの動きも見逃せない。廃止に代わり、他師団の移設ということで地元は安堵したが、その運動の影に明示4年の久留米藩難事件関係者の姿が垣間見えるのも一興だ。