図書出版

花乱社

 書評『いのちのふるさと海と生きる 森里海を結ぶ[1]』

●『出版ニュース』2017年8月中旬号
 森と海の結節点である水辺(海辺)が危機に瀕している。本書は、その現状を分析、豊かな自然を次世代に残す環境蘇生に向けた提言を盛り込んだ共同研究の記録。わが国は森林域と海域という二大生物圏に恵まれ、両者が水を循環することで、文化と暮らしの知恵を育んできた。しかし現状は、海岸線をコンクリートで覆い生態系を破壊、たとえば潮干狩り文化の主役であるアサリまで日本周辺の海から姿を消しつつある。ここでは、水産学、生態学、環境学、土木工学などの研究者から、資源・環境ジャーナリスト、海洋冒険家、養殖漁師、有明海再生に奮闘する若者たちまで、分野を越えたアプローチに。


●「図書新聞」2017.8.5
 本書は3・11東日本大震災が突きつけた、「いのちのふるさと」をこのまま壊し続ける先に確かな未来はあるのか、という根源的な問いかけから生まれた。「いのちのふるさと」とは、二大生物圏である森林域と海域を循環する「地球の原形」としての水辺、陸と海を結ぶ水際である。
 「森は海の恋人」という考えのもと震災復興をさらに乗り越える気仙沼の養殖業の実践、 瀬戸内海で生まれた「里海」の叡智とその国際化、森里海連環学の試みや有明海塾の挑戦、森里川海プロジェクトの取組みなど、水際を再生させる多様な運動が報告されている。持続可能な未来へのつながりを創り出す書だ。


●「西日本新聞」2017.6.21 
いのち、未来ー海と生きる
「森里海を結ぶ」シリーズ2冊 人と自然の再生、思いを込めた25編

有明海をはじめ沿岸の環境悪化の要因は、河川流域の森と海が、人間の暮らしや産業活動により分断されてしまったことにある。そんな見方から生まれた学問が「森里海連環学」だ。提唱者の京都大名誉教授、田中克さん(74)ら3人が編者を務めた書籍2冊が刊行された。流域住民の暮らしや川との関わりを見つめ直す体験や研究、思いについて、多彩な著者がつづった25編を収めた。
 「森里海を結ぶ」シリーズ(1)(2)と位置づけられた「いのちのふるさと海と生きる」と「女性が拓くいのちのふるさと海と生きる未来」。
 「いのちのふるさと海と生きる」は水産学や土木工学の研究者ら男性13人・団体が執筆を担当した。
 宮城県気仙沼市の養殖業者でNPO法人「森は海の恋人」の畠山重篤理事長が、森を守ることで海の恵みを育ててきた運動や、東日本大震災後の復興への取組みなどを紹介。佐賀大生らで組織する団体「有明海塾」も、干潟の保護などに取り組んだ活動を報告した。自身、有明海再生を目指すNPO法人の理事長代行も務める田中さんは、森里海連環学誕生の経緯に触れ「目指すところは、人と自然それぞれのつながりと、それを見直す価値観を再生すること」と記した。
 環境省は2014年、連環学の精神の普及を目指し「つなげよう、支えよう森里川海プロジェクト」をスタート。各地でシンポジウムなどを催している。環境省の中井徳太郎副チーム長は目指す社会の在り方を「森里川海の自然資本をきちんと管理し、維持してつなげ循環させ、与えられる恵みを喜びも含めて味わっていく社会」と描いた。
筆者12人が全員女性の「女性が拓くいのちのふるさと海と生きる未来」では、佐賀県鹿島市で育った映像ディレクターの井手洋子さんが古里のノリ漁師を取材した経験を執筆。NPO法人環境市民(京都市)理事の下村委津子さんは、海外では、乱獲や環境破壊なしに漁獲された水産物であることを認証する「海のエコラベル」が普及していること事情を報告。消費者が、例えばラベル付き商品を選ぶことで「誰でも買い物という手段で課題を解決する活動に参加できる」と記した。
 田中さんは「壊れた自然の修復には、未来に続く世代の幸せを最も大切にする社会が求められる。そのためには水やいのちの循環の大本である海からの視点が必要。2冊の提言を併せて読んでもらえれば、進むべき道の手がかりが見つかるのではないか」と話した。