書評『いのち輝く有明海を:分断・対立を超えて恊働の未来選択へ』
●「しんぶん 赤旗」2023.10.15「諫早湾干拓問題:『事業の公共性』を問う」永尾俊彦氏
(前略)
田中克編『いのち輝く有明海を』は学者や弁護士、漁民、農民、市民の寄稿をまとめた本。その中で諫早市の元高校教師が、開門問題について漁民、農民、市民が話し合う場を求める市議会への賛同署名を集めた体験を記しています。
国や県は、干拓事業の主目的を水害対策と宣伝してきました。元教師は、干拓で洪水が防げるかのような「(行政の)誤った情報によって地域社会が未来への扉を自ら閉ざしてしまっている現実」を思い知らされる一方、「それらを丹念にときほぐしていけば、事態はよい方向に動くに違いない」と確信します。開門反対の多くの農民の中に飛び込み、対話から導いた結論が光ります。
●「グローバルネット」2019.10月号
昨年9月に東大で開かれた「有明海の再生に向けた東京シンポジウム」の会場で、干拓事業が始まる前の豊かだったころの有明海で漁をする人びとを撮った写真をいくつか見た。本書にも登場する中尾勘悟さんが撮影したものだ。写真の中の人びとの笑い声が聞こえてくるようで、有明海に行ってみたい気持ちになった。
本書は、東大でのシンポジウムでの講演を軸に、有明海を再生しようという試みのもとにまとめられている。国営諫早湾干拓事業により深刻さを増す有明海の異変とその後の訴訟の乱立は、地元に混乱を引き起こした。相反する司法判断で分断・対立せざるを得ない状況に置かれた漁業者と農業者、そして市民が諫早湾、有明海、干拓農地や多良山系の多様な生きものの命を大切にしながら、自然の循環を基盤にした持続可能な社会をつくることはできないだろうかという思いを持ち寄り、そこに編者である田中氏をはじめとるす研究者が応える形の内容となっている本書は、生態系の分断と地域社会の混迷という有明海問題を正しく理解し、問題の本質と解決への道筋を考えるヒントを提示してくれる。
来春には、地元の漁民・農民・市民・林業家を中心に、「有明海と地域社会を育む植樹祭」(仮称ムツゴロウ植樹祭)の 実施が計画されている。本書を定価で購入すると、売上の一部は植樹祭の立ち上げに使われる。