図書出版

花乱社

威風凛々 烈士 鐘崎三郎 』鐘崎三郎顕彰会編集委員会編


■鐘崎三郎顕彰会発行
■本体3000+税/A5判/414頁 /並製本
■ISBN978-4-910038-31-5 C0023
■2021.5刊
■書評: 浦辺登氏書評 2021.6
   「東亜と福岡」令和3年8月通巻822号
   「読売新聞」福岡版、2021年12月3日

■二十一世紀の新しい顕彰の形を求めて
 ―『威風凜々 烈士鐘崎三郎』の刊行に当たって― 

    向野堅一記念館 向野正弘氏 →こちら


ご注文方法はこちらへ。

 

明治24年,運命に抗うように上海に渡り,時代に翻弄され,26歳で落命する鐘崎三郎の人物像と,彼を見守った多彩な人士たちの記録。
明治の近代精神に燃えて大陸に渡った若き鐘崎三郎(福岡県出身,1869−94)。日清貿易研究所で学び,商店経営を実践,各地を旅して経済交流の最前線に立つも,1894年,日清戦争が勃発。陸軍に通訳官として派遣されて捕縛,刑場に散る──。
【『烈士の面影』(大正13年刊)・『烈士 鐘崎三郎』(昭和12年刊)両書にその後の記録を加え増補再刊】

**

昭和四十五年(一九七〇),鐘崎三郎の銅像が再建された。母は,除幕式を行った高校生の娘に対して,三郎の名を「他言しないように」(47頁)と念を押した。鐘崎三郎(明治二〜二十七年,一八六九〜九四),一般には,遼東半島において刑死した日清戦争の「英雄」の一人,通訳官・軍事探偵「三崎」の一人として知られる。半世紀を経て,娘は,母の思いを受けて,鐘崎三郎の全容の解明に乗り出した。納戸鹿之助著『烈士 鐘崎三郎』(昭和十二年)を踏まえ,さらに新たな史料や調査の成果を加えて,鐘崎三郎の実像に迫ろうとする。今,知られざる歴史が明らかになる。



■もくじ
烈士鐘崎三郎を偲び風浪宮[宮司 阿曇史久]
継承される郷土の思い青木天満宮[宮司 久富真人]
『威風凛々 烈士鐘崎三郎』刊行に寄せて[夢野久作と杉山三代研究会 副会長 杉山満丸]
『威風凛々 烈士鐘崎三郎』刊行を記念して[みやま市文化協会 事務局長 久保田 毅]
鐘崎三郎との必然的な関係[歴史作家・書評家 浦辺 登]

第一部 鐘崎三郎の足跡と思い
 T 鐘崎三郎君墓誌銘[宮崎来城]
 U 鐘崎三郎伝[納戸鹿之助]
 V 『烈士鐘崎三郎』に思いを寄せて 母の聞き語りより[遺族代表 森部眞由美]

第二部 鐘崎三郎顕彰の足跡

第三部 鐘崎三郎関係者伝記
 三烈士略伝
 七烈士略伝
 巨人・荒尾精
 中村綱次

第四部 新たな鐘崎三郎像の構築と顕彰に向けて 解説並びに考察
 第一章 鐘崎三郎墓前祭から長崎事件を考える 史像の再検討に向けて[浦辺 登]
 第二章 烈士鐘崎三郎をめぐって[鐘崎三郎顕彰会編集委員 向野正弘]
 第三章 満洲における「三崎」並びに六通訳官の顕彰 向野堅一を中心とする活動とその後[向野堅一記念館館主 向野康江]

編集後記



■本文より
 明治二十四年,荒尾精は上海に戻る途中,長崎に寄港する。その間,どうも三郎は荒尾と文通をしていたようだ。荒尾に面会を頼んだ三郎は盛家と離縁した旨を伝えると,やっと入所を許可される。
 三月,上海に渡航し日清貿易研究所に入所した三郎は,六カ月も経つと上海の日本青年会に入会した。荒尾から安徽省蕪湖の日本雑貨商店「順安号」に勤務を依頼されたのは,その三カ月後だった。他の仲間たちはあまり気が進まない様子だったが,三郎は快く引き受けたという。当時の蕪湖は,一八七六年にイギリスと清の間で締結された芝罘条約によって,外国に開港が許された都市でもあったという。特に米や茶が多く産出され,さらに揚子江中流地域で産出される鉄鉱石や石炭など貴重な資源を,海を経由して輸出していた。
 しかも蕪湖は反日の盛んな都市でもあった。三郎は,そのような商業都市蕪湖で「李鐘三」と名乗り,支那(清国)人の服装を着て働くことになった。ところが,ある日,三郎はこの店で何度も乱暴を図る無頼漢を懲らしめてしまう。また客との喧嘩の仲裁を買って出るようになった。そんな勇敢な三郎の姿は周囲に評判になり人気を呼んだ。
 「この蕪湖での活躍は,祖母がよく自慢げに話していたので,よく覚えていますよ。祖母は日本に伝わった三郎の武勇伝を楽しそうに読んでいましたから。三郎の強い正義感や気性の荒いところが,この地方の気風の人々に好まれたのでしょう。三郎はすっかり人気者になり,とても店は繁盛したそうですよ。話し上手で愛想も良いから,周囲を明るく楽しくしたのですかね」
 蕪湖の店で住民たちと交わす日常会話は,三郎にとって,あとの活動にかなり役立っただろう。一年程滞在して,さらに周囲を旅行している。それは荒尾精から依頼され,清国の伝統文化や信仰,風俗や慣習,思考などを調査するためだった。
 (「第一部 鐘崎三郎の足跡と思い」「V 『烈士 鐘崎三郎』に思いを寄せて」より抜粋)


【編者紹介】鐘崎三郎顕彰会編集委員会 (かねざきさぶろうけんしょうかいへんしゅういいんかい)

令和元年秋,鐘崎三郎の遺族である森部眞由美氏が,納戸鹿之助編著『烈士 鐘崎三郎』(昭和12年刊)の翻刻を企画。令和2年2月,福岡市にて編集委員会を結成し,編集作業に取りかかる。編集委員長は向野正弘(向野堅一記念館館長)。編集委員は朝比奈享,浦辺登,向野康江,杉山満丸,森部眞由美(50音順)。令和3年5月3日『威風凛々 烈士 鐘崎三郎』を上梓,鐘崎三郎生誕150年記念の墓前祭において供えられる。