『日曜日の心中』燒吾朗詩集
■本体2000円+税/B5変型/136頁/小口折り
■ISBN978-4-905327-96-7 C0092
■著書:『百年経ったら逢いましょう』 『騎士と坑夫』
■書評:「西日本新聞」2019.3.20 岡田哲也氏・西日本詩時評
整然たる錯乱、とでも評したいほどの
言葉とイメージの奔流の直中に浮かび上がる
愛と孤独のレッスン
そして〈世界〉との渡り合い方──
著者初の日本語詩集
*装画:塩月 悠/drip
*英語と日本語の両方で詩作を続けており,これまで米国のBlazeVOX社より英語詩集を3冊出版する。
本文より
──「妻と死」より
巷が英国のEU離脱で騒いでいる日曜の朝 あわてて病室に入ると 「まず息を整えて」と 声にならぬ声で命じてくるから 「わかった」と言って少しだけ落ち着くと 今度は「わたしの両膝をゆっくり立てて」と言うので 冷たくむくみ切ったその両足をそっと曲げてやると 仰向けで寝たままのか細いその喉から 獣のような荒いうめきがごろごろと響いて その同じ口から「もう癌の話は一切しないで」という声がして 「わかった」と言って軽くその頬を撫でてやると 「エクレアがどうしても食べたい」と蚊の鳴くような声で 今まで長いこと固く禁じられてきた食べ物のひとつを甘くねだるので あわてて買って戻ってくると 飢えたジャングルの獣がまるで死肉に貪りつくように いかにも旨そうに二口だけ食べて 残りをそのまま枕元に置き去りにし 「あなた食べて」と言うのですこしも減っていない腹の中へ無理やり全てを詰め込むと 反対側の枕元には『かもめのジョナサン』の文庫本が置いてあって 「読んでいたのか」と静かに問うと 少し間があったあと 「そのサイズの本でも わたしにはもう重たすぎて持てない」と言うので 「それなら代わりに 僕が読むことにする」と答えると 肺の中の水を懸命に絞り出そうとするかのごとく 嘔吐を思わせるような表情で空咳を何度もしてから 「今日はもう帰らないで ここにずっといて」とさびしげに言うので 納棺の際に着せてやろうと思い 昨夜泣きながら選んだスカイブルーのドレスのことを思い出しながら 「わかった」と言って顔を枕元に近づけてやると 「いつ見ても情けない顔」と言いながら 片方の頬をぴしゃぴしゃと軽くたたいてくるので 「再婚はしない 約束する」と思わず言うと 「わたしにはもう全く関係のないことだから 好きなようにして」と言って またも眉をひそめる
街のはるか向こうでは 恐竜たちがいまだ跋扈していて
侍たちがまだ国を統治しており 核爆弾はまだ一度も落ちてはおらず
癌が撲滅される日は いまだなお遠く
目次
蟹
クーデター
夢が発酵する時
サイド・エフェクト
終わらない舞踏
捕虜の告白
山頂へ
大晦日の大言壮語
炎について
妻と死
水中花
Lost and Found
Some Other Time
この世でもっとも醜い
ありふれた反復
アンダルシアの猫
カルテット
ケ・セラ・セラ
ターン
ただひたすらに
トンネル
はなして
一等星
自動販売機の歌
冗談
世界がまた滅びる日に
雪
草を刈る人
中途半端な欲望
投票日
内部被ばく
枇杷の樹
歴史の誕生
鮟鱇の館
自画像から始まる物語
日曜日の心中
【著者紹介】燒吾朗(たかの・ごろう)
1966年,広島市に生まれる。現在,佐賀市に在住。
英語と日本語の両方で詩作を続けており,これまで米国のBlazeVOX社より英語詩集を3冊出版している。
Responsibilities of the Obsessed (2013年)
Silent Whistle-Blowers (2015年)
Non Sequitur Syndrome (2018年)
日本語詩集は本書が初めてのものとなる。妻を亡くし,現在独身。三児の父でもある。