『想い出の汀』 岡田哲也著
■本体2500円+税/四六判/516頁/上製
■ISBN978-4-911429-03-7 C0093
■2024.12
■著者既刊:『憂しと見し世ぞ』 『詩集 花もやい』
『詩画集 春は自転車に乗って』
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「ラ・サール高をタテに出て,東大をヨコに出た。」
白砂青松の鹿児島ラ・サール高校から,大学紛争まっただ中の東京大学へ。安田講堂事件,三島由紀夫との公開討論会にも際会。
1963−70年,昭和のど真ん中を駆け抜けた詩人の自伝的青春小説。
本文より
「奥多摩のおくつき」より
白球を追いながら,汀を歩きながら,テツはいつもどこか死のほとりで,ひと息ついてきたような気がした。だからというわけではないが,自分の体が野球で鍛えられたように,自分の心はいつもどこかで死で洗われ続けて来たような気もしていた。むろんそれが甘美な夢想だとしても……。
だからだろうか。山崎君の死に対しても,驚いたが,後ろめたさや遅れてしまったという気持ちにはならなかった。チャンスとばかり,彼の死を食い物にしたり売り物にする言辞には辟易した。眉をひそめた。山崎君の死を乗り越えて戦おう。そんな立看板やビラを見ると,腹立たしさすら感じた。乗り越えるだって。人の死は踏み板でもハードルでもないんだよ。そんな言い方は,よせよ。テツは内心こう叫んだ。
そして逆に,自分ひとりだけを苛もうとする時は,テツは内心こう叫んだのだ。テツ,自分を責めすぎることは,もっとも手安い自己陶酔だよ,と。
ただ山崎博昭くんの死が,テツの心になにかを落としたのは事実だった。党派的な人の言う死を遠ざけようとすればするほど,その死は密かにテツの心に忍び込んだ。
十月九日には,エルネスト・チェ・ゲバラが死んだ。
* * *
「あとがき」より
本書は一九六四年私がラ・サール高校に入学してから,一九六八年の東大紛争や一九七〇年の三島由紀夫事件,そしてほどなく私が東京を去るまでのことを,物語ふうに綴ったものです。
思い出というのは厄介なものです。ましてそれをうまく書き連ねてゆくことは──。
どうせそこには今の自分に都合のいい自慢や自嘲,時には誇張や歪曲もあるでしょうし,誤解だってあるでしょう。戦後八十年を経て,一九七〇年前後をふりかえることは,大正デモクラシー育ちの老人が明治維新をふりかえるようなものです。定かなはずがありません。わかりにくいのが当たり前です。しかしそのわかりにくさは,わたしの生き方のわかりにくさではなく,時が経っているというわかりにくさです。本書はいかにも昭和な人間の安直な身上調書といったところです。新しさもなければ,深さもないんですね。
ただここに登場する固有の人名や地名,あるいは施設名などは,すべて実在です。むろんそれが実際の姿かどうかは,また別のことです。
亡くなった人もいます。しかし遠いところにある人が近く感じられる時もあります。私はこれらの人々や時節を,今は虚[むな]しく懐かしんでいます。虚しく懐かしむとは,ただありがとうと言うほかないということです。(下略)
目次
桜島 胡座をかいて
松籟のもとで
白い聖火リレー
宿借りから海月へ
潮だまりの落とし穴
E♭mの裏声
水の盃 血の名残り
から潮の夏
奥多摩のおくつき
漣と艀
時化日和
背水の乱
桜と風は南から
芽ぶきどき
氷の栞
夢路はるかに
母はいろいろと
桃から桜へ
縦書きのヨーソロー
Mの変 冬の旅
あとがき
【著者紹介】 岡田哲也(おかだ・てつや)
一九四七年,鹿児島県出水市生まれ。
ラ・サール高校卒業。東京大学中退。出水市在住。
■主な著書
〈詩集〉
『白南風』一九七八・七月堂
『海の陽山の陰』一九八〇・七月堂
『神子夜話』一九八二・砂子屋書房
『夕空はれて』一九八四・七月堂
『にっぽん子守唄』一九九五・碧楽出版
『現代詩人文庫 岡田哲也詩集』二〇〇五・砂子屋書房
『往来葉書 鬼のいる庭』(画:小林重予)二〇〇九・海鳥社
『わが山川草木』二〇〇九・書肆山田
『茜ときどき自転車』二〇一三・書肆山田
『酔えば逢いたい人ばかり 薩摩焼酎讃歌』二〇一四・南日本開発センター
『詩集 花もやい』二〇一七・花乱社
『詩画集 春は自転車に乗って』(画:横手じゅんこ)二〇二一・花乱社
〈エッセイ〉
『不知火紀行』一九八九・砂小屋書房
『詩季まんだら 上・下』一九九二・七月堂
『南九州文学ぶらり旅』一九九八・文化ジャーナル鹿児島社
『夢のつづき』二〇〇一・南日本新聞社
『続・夢のつづき』二〇〇二・南日本新聞社
『憂しと見し世ぞ』二〇一一・花乱社